悔しい思いをする事にこそ意味がある

 皆さん、こんばんわ。

  僕は就職活動をして1番行きたかった企業に最終面接で落ちてしまいました。正直、落ちてしまったときは、頭が真っ白になりました。それと同時に、僕は自分が目指していたスタート地点にすら立てなかったダメな人間なんだと絶望しました。

 

 でも、今はその考えが一変しています。

今、僕はどのようにこの事実を受け止めているか。それは「こんな悔しい思いを経験できてラッキーだ」と考えています。

 

 最初の考えは、最終面接で落ちたら結果的にそのプロセスは意味がなくなると思っていました。内定をもらって、そのスタート地点に立つ事に意義があるのだと。でも、今はもうそのように考えていません。とにかく、ラッキーだ。こんなに悔しくて悔しくてたまらない経験が出来て、僕は嬉しい思いすら抱いているんです。

 

 僕が最終面接で落ちた企業は、自分自身120%のエネルギーを注いでいました。

もちろんその分の反動も凄まじかったのですが。僕はこの最後の最後に落ちた事実を、僕の師匠 (63歳で福祉施設で働く施設長 )に相談しました。そしたら、その施設長が僕に向かって

「君は、これで本当に行きたかった企業を最終面接で落ちてしまった人の気持ちが分かるようになったじゃないか。それはとても大事な事だよ」と仰ったんです。

 

 その時、僕はハッとしました。

働くという事は、絶えず人と相互作用していかなければいけません。そんな時に、相手の気持ちが分からない、相手の気持ちを考えられない、相手の気持ちを想像出来ない人間になってしまっては絶対にいけない。

 

 もちろん、僕はその企業に入って、自分の思い描く道を突き進みたかったです。

でも、それはもうどうでもいい事です。うまく行かなかったら、また這い上がっていけばいいだけだから。そして、それ以上に僕は本当に大切な事を学びました。

 

 働く上で、自分一人で仕事をしていく事は出来ません。どんな職種でも相手はどう思っているのだろうか?という気持ちを想像出来ない人間とは仕事をしたくはありません。

 

 僕は最終面接で落ちた時、悔しくて悔しくてこの気持ちをわかってほしい。誰かに慰めてほしいという気持ちになりました。でも、そんな自分の気持ちはどうでもいいんです。この経験で学んだ事は、自分と同じ様に苦しい思いをしている人の気持ちがわかった事です。そして、同様の辛い立場にいる人の気持ちを思って、これからサポートできると思うんです。

自分自身の事しか考えられない人間に魅力はないんだ。

 

 

 ストレートにポンと決まっていたら、最後の最後でうまく行かなかった人の気持ちは理解できなかったはず。そして、僕は天狗になっていたはず (笑)だからこそ、これでいいんだと思います。

 

 「お前の苦しさなんて、俺は分からない。」そんな人間にはなりたくない。辛い立場にいたら、その気持ちを理解して側にいれる様な人間でいたいと思います。